
もう14年前のことになる。ミャンマーに行った。約10日間。長い1人旅。
ミャンマーに入国するにはビザが必要だ。品川のミャンマー大使館に書類を出しに行った。窓口で名刺を提示せよといわれた。名刺を見た係員は眉をひそめてこう言った。
「…あなたにはビザが下りないかもしれない」
ミャンマー。古い名称は、ビルマ。そのほんの数年前まで軍事政権だったこの国は、マスコミの入国を極端に嫌う。私はファッション誌の編集者だ。ジャーナリストではない。そう訴えたが、彼らは首を横に振るばかりだった。「関係ない。あなたの勤務先がマスコミなのだ」と。
マレーシア経由でのフライトを予約していた。一日、一日と出発の日が近づいてくる。通常一週間足らずで下りるといわれているビザだが、二週間経っても音沙汰なしだった。フライトのキャンセルを覚悟した。
出発が三日後に迫った時、電話がかかってきた。「あなたのビザが下りた」と。受け取りに行くと、英文の書類を手書きで書かされた。
決して、国内で見聞きしたことを言わない。書かない。写真を発表しない。
そしてサインをした。本当か? ブログもだめなのか? ソーシャル・ネットワークへの投稿もだめなのか?
同じような目に遭った人はいないかと検索してみたところ、「後日、ブログに書いたところ、以降、二度とビザが下りなくなった」という人がいた。観念した。記録を取れない旅なのだと。
当時のミャンマー国内でクレジットカードは使えなかった。現金は新札の米ドルしか受け付けてもらえない。ATMもない。
アクシデントで、途中で米ドルが尽きてしまった。途方に暮れ、なんとか少し余分に持っていたユーロがミャンマーチャットに換金できる銀行を探した。
それだけで1日かかってしまうような旅だった。
ヤンゴンからさらにフライトを乗りついで1時間。バガンという古都に数日間、滞在した。小学校の社会科では「イラワジ川」という名で習ったが、今では「エーヤワーディー川」といわれる。広くゆったりと流れる河川沿いの広い土地に、4000以上もの寺院が点在し、朝霧に沈む。そんな場所だった。

英語ができるタクシーの運転手が言った。「今日はこの村で満月祭りがあるよ」。ミャンマーでは宗教上、満月が大きな意味を持っている。満月の夜に年に数回、その地域の村の持ち回りで祭りをひらくらしい。
たまたま私の滞在していた村でその祭りがあるのが、到着した夜だった。知らなかった。祭りのことも、その日が満月だということも。
村といっても繁華街があるわけではない。宿を出て、案内を買って出てくれた運転手とともに、寺院に向かう。ここでランタンが上がるから。ここにいると見えるから。ここから先は歩いていかなければならないから。そうやって手助けしてくれた。
若者達がつくった、お釈迦様の絵が描かれた大きなランタンが空高くのぼっていって、満月に溶けて、そこから花火が四方八方に飛び散ると、歓声が上がった。
誰も彼も、幸せそうだった。楽しそうだった。

寺院を通り抜けるとき、ロウソクに灯をともしてまわる少年がいたので、シャッターを切った。満月祭りが、ロウソクの光でお釈迦様を迎える祭りだと知ったのは、その後のことだった。
…さて、禁を破って、今までどこにも書かなかったミャンマーのことをこうやって書き、出さなかった写真を置いた。もう、二度と入国できなくても悔いはない。
あの時、満月祭りに出合えたことを、やっぱりいろんな人にこうやって伝えたかったから。