
幼少のころ、団地に住んでいた。まだ小学校に上がる前だ。
狭い階段をのぼった最上階の4階に家があった。家の中のことはまったく覚えていないのだけれど、なぜか踊り場と、小さなベランダのことだけが記憶に残っている。
踊り場では、近所の子たちとシャボン玉を吹いて遊んだ。家のいちばん奥の小さなベランダからは、母に抱き上げられて外を眺めた。父が車で帰ってくるのが見えた。
昭和のころだ。周囲には畑が広がり、私は小さな赤い籠をもって、蓮華の花やクローバーを摘みにいった。空は高く、雲雀がくるくる飛んでピーチクパーチク鳴いていた。
父と同じ職場の人たちが住む団地だった。きっと似たような家族がたくさん住んでいたのだろう。小さく慎ましい、同じような暮らしが縦横に同じサイズで並んでいた。
私はあの頃の母より年上になり、都会に住んでいる。マンションの上下左右や近所のアパートや一軒家に住む人たちが、いったいどんな暮らしをしているのかまったくわからない。
それは孤独なようでありながら、案外心地よいものでもある。
年の瀬も近づいた週末、カメラを持って近所を歩いていたら、あの頃に住んでいたのとそっくりの団地を見つけた。周囲をまわって眺めていると、見事な薔薇がひと株、あった。
堂々と咲きほこる冬薔薇と団地がなんともちぐはぐで心ひかれ、そっとシャッターを切った。